「川を観る会」によるマーサ・ナカムラ『狸の匣』読書会

川を観る会 第一回読書会 2019年7月6日 マーサ・ナカムラ『狸の匣』(思潮社・2017年)について 参加者(五十音順) 伊波真人 小澤裕之 町屋良平 山﨑修平   マーサ・ナカムラさんの『狸の匣』という詩集についてです。 小澤   じゃあ、僕が一番畑違いなので、最初に感想言っていいですか。二年前でしたっけ、(このメンバーで)ルノアールに集まって、マーサ・ナカムラさんもいらしたとき、彼女から小冊子を頂戴して、そこに入っていた「東京オリンピックの開催とイナゴの成仏」を読ませていただいたんですね。そのとき、これは小説だと聞いた記憶があって。勘違いかもしれませんけれど。あと、去年の話ですけれど、蜂飼耳さんとお会いする機会があって、「マーサ・ナカムラさんと話したことあるんですよ、マーサさんの小説も読みましたよ」って、蜂飼さんに言ったら、(蜂飼さんが)「え、彼女小説も書いてるの」って(返したので)僕が、「東京オリンピックの開催とイナゴの成仏」って言ったら、「それは詩よ」と。「(それが収録されている)『狸の匣』を読んで御覧なさいよ」と。で、今回ようやく読んでみて、二年前にもらった小冊子の「東京オリンピックの開催とイナゴの成仏」と読み比べてみて、やっぱり小説っぽいなと。そういう意味で、詩と小説の境目がどこにあるんだろうなというのが、一番最初に思ったことですね。「犬のフーツク」もそうですし、「背で倒す」、これも小説っぽいなと思ったり。ただ、蜂飼さんは詩として認識されていたので、どこかに境目があるんだろうなと。あと、(『狸の匣』について面白いと)思うのは、(マーサさんの)時間の感覚のことなんですけど、そこは敢えて触れずに、「犬のフーツク」における言葉遣い、というより比喩について。9ページの後ろの方の、「漬け物石くらいの高さしかないようだ。」というのが、この詩集を読んだとき、一番最初にピンときた表現でした。漬け物石って、重さとか、あるいはせいぜい大きさとか、その程度の比喩としてしか使われないと思うんですけど、ここでは高さの比喩として使われていて、面白いですね。物の別の見方のようなものを示した感じがして面白かったですね。他にも、印つけてきてないですけれど、思いがけないなっていうのがあって。普通の言葉なのに、普通に使われる比喩なのに、使われ方が違うというのが面白かったですね。 山﨑  すごく重要な示唆というか指摘だったと思います。詩であるのか小説であるのかは誰がどのように決めるのかというのは書き手もわかっていない。 小澤  外国の詩だとわかりやすいですよね。 山﨑  韻律があって。 小澤  韻律があって、韻を踏んでっていうのが。 町屋  マーサさんの詩が小説のようでもある印象に映るというのには、いくつか要因があると思うんですけど、鉤括弧内の言葉がフィクション的な牽引力を持っているというのが一つと、あとはマーサさんの詩には比較的導入があるというのが一つで、それにより物語らしきものがあることが大きいと思います。それらのものがあると、人は小説っぽいと思うのかも。一方、先ほど小澤さんが言っていて面白かったのは、「漬け物石くらいの高さ」の比喩ですけど、これがもし小説の中に入っていたら逆に、詩的な比喩だなと言われる気がするんですね。ある種の接地点になっているように思います。小説らしさと、詩らしさとの接地点というのは、マーサさんが現代詩手帖に投稿されてたころに詩を発表されていた方の何人かが共通して持っていた記憶があって、そこの接地点の提示というのは、おもしろい指摘だなと思いました。定義しづらさというのは詩より小説の方が大きいと思いますし、よくそう言われている気もします。だから小説っぽい詩だなと人が思った時に、定義しづらいのは詩のほうではなくて、小説の方かもしれないとわりと思います。強い描写とかがあって、これが小説の中に混じっていた時に、しっかり受容されるかっていうと、あまりにも強いイメージの言葉があるなっていうのはこの詩集の中に幾つかあって、小説の中に混じっていたらうまく考えられないかもしれないような塊というのがあって、蜂飼さんがおっしゃっている意味はただしくはわからないけれど、ある一つの強度においてとても詩らしい詩だというのも同時にあったと思います。 小澤  全然関係ない話で恐縮なんですが、後期の宮崎駿においては、今の町屋さんの言葉で言うところの詩の強度みたいなものが、イメージの強度として現れているんですよね。特に『千と千尋の神隠し』以降がそうですが、よりはっきりと現れてくるのは、『ハウルの動く城』以降ですね。明らかにイメージが強烈すぎて周りと浮いているんです。周りから突出しすぎていて、それで壊しちゃってるんですよね、映画を。そういうのが宮崎駿の後期の特徴かなと。で、他の人も思っているかもしれないですけれど、それって詩に近づいているということなんじゃないかと。そういう意味では、今の町屋さんの言葉は腑に落ちましたね。詩の強度とか、イメージの強度が強すぎると、小説や映画の中で違和感あるっていうのは、その通りだなと思います。 町屋  一番これは強いなと思ったのは、さっき挙げてくれた「背で倒す」。「背で倒す」の二段落目の、「山に木こりの名人がいて、背幅程の杉を好み、杉に背を向けては『ぶるんぶるん』と水を振り回した。それから三方に刃をいれて背で倒した」というのは、イメージ可能なのかっていうのが、結構ここが強いと思いまして。日常言語の手つづきをしっかり省いていかないといけない。一般性に迂回する素振りがない。そこがすごいところで、小説だったらどうやってもここからひらいていかないといけないのかもしれないです。こうした文をひらかずに入れられるというのが詩の一つの……。 山﨑  「開く」というのはどのような意味ですか。 町屋  もうちょっと描写の注釈が必要になってきて、それが物語や登場人物などと絡んできて、そこに対しての思考が入るかどうかというのが肝になってくると思います。ごく単純にいうと、広い意味で反復してしまうと思います。…

現代短歌のキーワード「読み」/やぎ座

本稿は、crossover内の記事「現代短歌のキーワード「歌評」/安田直彦」から引き継いだものです。 われわれのテーマは一貫して、短歌評論を書く際に重要な参考文献となりうるものを、ここにまとめ記しておく、ということにあります。評を「読み」、「書く」ということはそう容易なことではなく、そこは閉鎖的なコミュニティとなりやすい。にもかかわらず、歌評と銘打たれた文章は毎月のように生産されていきます。なにが良質で信頼できる批評なのか、安田直彦はその判断の軸を形成するに役立つものとして、「歌評」というキーワードから文献を提示しました。かれの示した文献たちは「そもそも評とは何のために、どのようにあるものなのか」という根本的な問いを解きほぐし、われわれに例示してくれています。 ところで、批評するとは、読むということでもあります。われわれは短歌を読み、評します。評と読みの違いは何でしょうか。「歌評」に関して、哲学をソースとする批評、文芸の理論が発見されたいっぽうで、そういった理論的な批評からあぶれてしまうような歌のとらえ方がひどくわれわれを惹きつけることがあるというのもまた事実です。「批評critique」がギリシャ語のkrinō(判断する、裁く)に由来することからもわかるように、批評とは往々にして作品の良し悪しや作品として成り立つか否かを判ずる裁断の場ですが、例えば歌会においてわれわれが目指すのは、判断というより「どう読むか」という判断内容それ自体であるように思われます。 では「読み」とは具体的に何を読んでいくものなのでしょう。あるいは、何を読むことがおもしろいのでしょうか。哲学や文芸理論といった批評のためのツールを取り揃えたところで、捕捉対象がわからないままでは意味がありません。 したがって、ここでは良質な「読み」のサンプルとなるような書物を中心に取り上げようと思います。実際に実践されてきた「読み」を参照することは、われわれが短歌のなにをどう読むのか考えるうえで必ず役立つことでしょう。 また、先にならうのではありませんが、ここでは直接的に短歌をあつかう文献を紹介しません。この記事が短歌世界の外から短歌に触れなおすことの提案として機能し、短歌を考えようとする誰かへの助力となることを願います。   ➀芳川泰久『小説愛 世界一不幸な日本文学を救うために』 タイトルからすでに文壇への批判が見てとれるとおり、文壇を愛をもって叱責し小説をとらえなおそうとする本格的な批評文です。いくつかの小説作品を批評していますが、該当作品を読んでいない方にもわかりやすいような引用がされており、ここに収録されている笙野頼子論では、彼女の作品において「「自分」と「自分の言葉」との距離こそが問題なのだ」と述べたうえで、その読みを次のように導いています。 「ワープロのキーと自分の指の間」とは、まぎれもなく、書く私と言葉の間に介在する距離にほかならない。しかも、その距離を、書いている「私」は埋めつつある。「ワープロのキーと自分の指の間」が「納豆の糸のみたいなものでひっついている」と言っているのだから(……)笙野頼子は、「ワープロを打っている間は自分じゃな」くなることによって、〈私が書く〉ことに根源的に伴う乖離を体感として差し出すと同時に、その乖離を、「ワープロのキー」と「自分の指」の「間」として引き受けながら、それを「納豆の糸のようなもの」で「グチョッと固め」ようとする。 芳川泰久『小説愛 世界一不幸な日本文学を救うために』 このような批評は「そう読みうる」というだけの話であって、作者の意図とは違っているかもしれませんし、「そんなことは読み取れない」と主張する人もいるかもしれません。しかし、こういった読みは、論理的な説得力を持っており、かつ機械的な理論に凝り固まることのない自由なものであるという点でたのしいのではないでしょうか。 また、芳川泰久は一貫して、「物語が既成の物語をなぞってしまう」ということを問題視し、これを主題として文章を書いています。短歌に関わろうとする読者にとっては、短歌が他のすでにある物語に回収されてしまう事態を考える上でも参考になるでしょう。 これ同様、小説を読むという観点で探すならば、古典的なものでいうと蓮見重彦の『夏目漱石論』、『物語批判序説』などがあります。かれの文章は芳川泰久と比較すれば少々読みにくいですが、「読み」のエッセンスが詰まったものになっているので、代えがたい読書になることと思います。   ②鷲田清一『モードの迷宮』 定型という制約は、現代短歌において必ずしも五・七・五・七・七を強制するものではなくなっています。しかし、短歌が定型に縛られる詩形であるという事実を手放すことは不可能です。ある言葉、物語、感情が短歌へ形作られることは、実際にはひどく不自然なことかもしれません(それは短歌に限らず、ありとあらゆる表象行為につきまとう事実です)。短歌というかたち、ふるまいは、内容を縛り、統合し、不自然なほど暴露するもののようにも思われます。『モードの迷宮』は、ファッションの問題を導入としつつ〈わたし〉という存在がどのように生成されるのかという問いへ言及するものであり、詩的定型が論の本筋に取り上げられることはありませんが、さきに述べたような定型のかたち、ふるまいを考えたとき、定型という規則が『モードの迷宮』内で取り上げられる衣服の性質とよく似た特徴を持つように見えてきます(論の中身にほとんど現れないはずの「詩」が、文中で何度か例えとして登場することは示唆的です)。そしてこの本は、短歌における〈わたし〉の成立に対しても思考の足掛かりとなるでしょう。モードという表象から形作られる〈わたし〉への考察は、短歌という言葉から立ち現れる(ように見える)〈わたし〉を考えるうえで十分役に立つと思います。   ③ロラン・バルト『明るい部屋』 有名な書物ですが、哲学や批評にとらわれない「読み」の楽しみを体現している文献として、あえて改めて取り上げさせていただきます。先のふたつの文献は短詩型へ接続できるような理論が見て取れるということがここに取り上げた理由のひとつでしたが、『明るい部屋』はそれらと異なり、ある理論を整理し語るのではないところをめざして書かれた書物です。著者は一章の終わりに、それまで自身が組み立ててきた理論を「前言取り消し」し、写真への新たなアプローチを開始してしまいます。その「前言取り消し」を含めて一冊の本になっているというところに、『明るい部屋』の特異性があります。 バルトは自身について「あらゆる還元的な体系に反発する」人物であり、体系の援用によって自身の書き物が還元と非難に傾くたびに「体系からそっと離れてよそを探し、またちがったふうに語りはじめるのがつねだった」と語りますが、短歌において歌会が楽しまれるのはそこが「よそを探す」場であるからかもしれません。批評や理論がひとつに固定されず自由であることが「読み」の可能性なのだということを知らしめてくれる書物です。 これに関連して、映画を読む文章としてわれわれに有益だろうと思われるのがアンドレ・バザンの『映画とは何か(上・下)』です。映画と映画観客、映画と戦争との関係にも言及しながら分析を行っており、テクストとコンテクストとのどちらもないがしろにしない彼の文章は、読みの一例として他にない光を放っています。   追加でいくつか挙げさせていただくと、読みの教科書となるものとして渡部直己『私学的、あまりに私学的な 陽気で利発な若者へおくる小説・批評・思想ガイド』や松本和也の『テクスト分析入門 小説を分析的に読むための実践ガイド』などがあります。丁寧かつ体系的にまとまっているため、批評や読み の実践にとまどう方にとってはとても便利でしょう。ただしこれらについては、多少テクスト分析に偏ったものであること、教科書的な道すじがあらかじめ敷かれていることの二点を理解したうえでお読みいただくとより有意義だろうと思います。 最初に述べたように、ここまで短歌以外のものを読もうとする文献を挙げてきましたが、瀬戸夏子『現実のクリストファー・ロビン』は数ある短歌評論の中でもとりわけ中身の詰まったものであり、特に「「テーブル拭いてテーブルで寝る」(雪舟えま)のは?」、「穂村弘という短歌史」、「私は見えない私はいない/美しい日本の(助詞の)ゆがみ(をこえて)」などは、歌の読みをいじくりまわすのではなく、読みの中からある企みを浮かび上がらせる稀有な短歌評論ですので一読をおすすめします。 また、Y・トゥイニャーノフ『詩的フォルマリズムとはなにか ロシアフォルマリズムの詩的理論』は詩的言語に関する理論ですが、読んでみると句切れや字あけ、韻など短歌に近いものが考察されています。「読み」というよりは「批評」に関連した書物ですが、短歌を題材に文章を書く上で必ず役立つだろうということで紹介させていただきます。  …

Ambiguity/北虎あきら

降る雪をおぼえず雪の降っていたことをこころの母神に見せる てめえだろ   の にぶい電車を 横切らすうちに 不快ですまでにはなった おまえはピアスだらけの女を選ぶよと言われたときに光る水星 靴下のくるまりたがる苦しさを冬の袋小路に嘔吐いた ねむるまでゆれるからだの 凪いでいる海をわかるのはかもめだけ 小気味よく撮ってくれてた軒先のパラパラ漫画みたいにぼくだ 伏線の回収のためにうたう歌 あなたが握るならとおくコーラス 春がすみ澄みきるまでをまなうらのどうしても忘れる飛行船 ほろぼす、と決めてからやる仕事にはChillLo-fiJazzHopでちょうど 間奏のなかをとどかなかったからあかるいテロップに目をやった 思い出すようにおぼろの遠くから立体になる東京タワー 公園通りゆけばこの世は名前からわからなかった種類の楽器 幽霊の話がしたい Googleにゆうぐれをたくさん見せてもらう 動かないまでもことばを揺らさねばブランコの底に水溜まり 浴槽の水面から目をゆるめるとおおきくなるほくろ 腰骨の FacebookTwitterTumblr

3冊の歌集から/山木礼子

なぜ、歌の側ばかりが虚構を問われるのだろう。主体の背後で文句ひとつ言わず、行儀よく息を詰めているような、確固としたわたしなどいない。定型の力を借りて立ち顕れる正しい現実なんて初めからない。今のわたしは、十年前のわたしと同じとは呼べないほどに変わってしまった。現実はいつでも懐が深く、情け深く、どのようにあってもあなたはあなただからと耳元へ優しく囁きながら、あちこちの不都合をごまかしてくる。その中でも耳障りの悪くなさそうな方へ向かって歩くうち、気づいたらこんな手痛い有様になっていたことにようやく気付いてわたしは三十を過ぎた。 しかし、だからこそ、歌を通して描かれる街中の風景、事物や、身めぐりの生活といった出来事に目が留まる。言葉によって書かれた、変換されたという「事実」をあらかじめ示されたもとに生まれた世界は、なんとも頼もしい。しかも、定型の韻文という心強い前提があればなお。「これは短歌ですよ」と差し出されれば、その光景が暗かったり、明るかったり、楽しかったり、苦しかったりするのは当たり前のことだ。そこには音数の制限がかかり、リズムやメロディの作用が加わるからだ。レトリックをたっぷりと纏った言葉、そんな言葉に象られた事物は、かえって身軽に見えるのが不思議だ。いま、混沌と浮かんでいる考えをまだなにも説明できた気がしないが、とにかく以下で、好きな歌集の好きな歌を追いかけてみることにする。               * これまでの恋人がみな埋められているんだそこが江の島だから 生乾きのインコを投げる生乾きのインコはそれは生臭かった カキフライかがやく方を持ち上げて始発、東西線に投げ込む 𠮷田恭大『光と私語』 まず一章から。どれも噓であることをあけすけに宣言して、そのせいかまばゆい。物語的に語られてきた現実を下敷きとした、物語的な噓。江の島には、紋切り型の物語が埋められてゾンビのように生き生きとよみがえる。「生乾きのインコ」。インコは、というか生きているものはだいたい生乾きだし、だいたい生臭い。子供の頃、まだあった飼育小屋は年中臭かった。生臭いのとは違うが、生き物の匂いがした。しかし「生乾きのインコ」には架空の響きがある。なぜか。「乾いたインコ」と言ってしまえば死んだインコをストレートに想起させ、けれど生死不明の(?)インコをわざわざ「生乾き」と表現することは必要とされる以上のディテールを描きすぎていて、つまり言いすぎだから。現実を超えているのだ。架空である。「投げる」という身体的な動作によってこの現実へ繋ぎ止められながら、濡れて乾いて「生乾き」と二度も呼ばれたインコは、𠮷田の試みの輪郭をやたら丁寧になぞっている。カキフライだって同じことで、要するに、目の前にあるものを急に放り投げる事態はそう簡単に起こらないのだ。だって、始発。カキフライ。いまだかつて、始発の東西線に向かってカキフライが放り投げられた事件はないだろう。スポーツなどを除いて現実で「投げる」という行為に至るのは、激しい憤りや不安を抱いたとき。一方で、そういうときには怒りに震える自分をどこか遠くから、ちょっと冷めた目で眺めている自分もいる。そんな二重写しの物語を手際よく拾いながら、「インコ」や「カキフライ」は𠮷田の短歌において生々しい水気を滴らせている。  二章からは様相がさらに変わり、「大きい魚、小さい魚、段ボール」という一つ目の連作はこんな作品で始まる。 (演説は退屈だけれども、/と男が言った。/そこから先は案の定有料だった。) 始まる前に座らなければならないし、/読む前に言葉を覚えなくてはならない。 𠮷田恭大『光と私語』 この歌集は親切なのだ。「いぬのせなか座」とのコラボレーションによる特異な視覚的表現をページごとに刷り込まれながらの、「そこから先は案の定有料」。これで終わるはずはない、どこまで連れて行ってくれるのという読者の期待を、煽情的にかきたてる。と同時に、演劇にてんで明るくないわたしであっても、知りうる限りの知識を差し出しながら、信じるだけの「演劇性」を追いかけてゆけばついてゆけるかなと思わせてくれる。「演説」の「演」には演劇の「演」が当然掛かっているのも見逃せない。 (ぢつと手をみる)/というオプション。/(たはむれに母を背負)ったりする、/そういうオプション。 𠮷田恭大『光と私語』 この歌について、花山周子は砂子屋書房「日々のクオリア」で「本歌を部品に解体することにより本歌取りという有機的な対話を一旦無化するとともに、近代的価値観を、現代の選択肢としての部品へと還元する」と評している。二章では、都電と巣鴨界隈と老人にまつわる風景(「されど雑司ヶ谷」)や、作者の生まれである鳥取の光景(「末恒、宝木、浜村、青谷」)をめぐる連作が展開される。都心/地方、若者/老人という不均衡な構造を取り上げながら、どこか淡々とした乾いた調子。後ろめたい態度ではない。わたしはいま不均衡と書いたけれど、その実、もうどちらがいいとか悪いという状況はすでに解体されてしまっている。みんな違って、良くて悪い。と𠮷田が考えるのかはわからないが、硬質な口語の文体そのものが、何かひとつのスケールとして機能しているようだ。  三章はふたたび一首単位のページ組に戻り、ぐっと胸を掴まれるようないい歌が一番多いように思う。このソナタ形式がまた読みやすく、野心に満ちた歌集を、端正にまとめあげている。 自転車屋に一輪車があって楽しい、あなたには自転車をあげたい その辺であなたが壁に手を這わせ、それから部屋が明るくなった 燃えるのは火曜と水曜と土曜。火曜に捨てる土曜の残り 𠮷田恭大『光と私語』               * 二冊目は山階基『風にあたる』より。彼とは一年半ほど前、「夏 暑い」という往復書簡と短歌のペーパーを作ったことがあり、この冬に読み返してみた。「生活は好きですか」という私の問いかけに、「好きだなと思っても嫌いだなと思ってもどこか違和感があり、どうも好きと嫌いの埒外にある」と答えている。 アルコール噴霧器を押す病院に生まれたぼくは病院が好き 山階基『風にあたる』…

ガードレールの群れで死にたい/溺愛

身軽な身として飛び回る、小鳥とは別の骨の飛びかたとして 揶揄をする 春の野の原進みつつ蓮華が我の揶揄だと思う 「遺体のように見えるポスター」 普通なら殴るよりも走るよね 春の野の原ゾンビだけがそこにいるなら ここへ帰ろう。喉元に花が咲くならそこに白きナイフを おお願い あるが如く の漢字の由来がわからない。女と口ってちょっとウケるね モールス信号始めよう、--・-- ・- --・-・ ・-・-- -・--・今適当に言った 鈍器すらいらないそれは自死でない。自死を選べるものの選択(としての手段) ぼくたちのしりとりはすこしへんだけど君の尻尾を摑んで泣かせる 少しだけ優しい人だねあなたとは名前に自我があるうちゆるそうらやましがれきみにころされたのだぞぼくは 唐突に電球色が現れて、太陽なのだと君に名乗った 愛してね、君の感情そのものが春の名だと教えたあなたを憎んでね、僕の名前のそのものが春の名だとか教えた君を 嫌われた理由があると信じてる嫌われるそれに名前を教えてあげつつ と、思うでしょ?それがぼく。 あ る がとう。左利きでAB型で乙女座ですらない君が僕の名前を持つことに FacebookTwitterTumblr

写真と短歌へのエッセー/村本有

大学入ったころから短歌を作り始め連日夢中になっていたのだが、いつの間にか写真も撮るようになっていた。それは空き時間に行っていたサークル部屋の積読コーナーのおかげなのだが、そこにはWolfgang Tillmansの写真集が置いてあり、彼の撮る写真を見るたびに不思議な気持ちがした。見ず知らずの景色の写真なのに、どうして私は共感し、そしてポエジーを感じているのだろう? と。 1. 脱プライベート化された日常写真 短歌と写真を同時並行して作っているうちに、短歌がもつポエジーを写真でも提示できないかと考えるようになった。ポエジーは解釈が膨大なので、ここでは仮に私が短歌で挑戦していたポエジーに限定させていただくと、「あるイマージュの提示あるいはその連続による動画的情景と、物語性を秘めた感情の融合」とする。 短歌と写真の違いの一つにイマージュの見せ方、そしてその共有性が挙げられる。 まず短歌で想起されるイマージュは継起的である。短歌では読み進めていくうちに読者に情景が想起され、そこにポエジーの余韻を味わうこともできるだろう。しかしながら受容者の数だけイマージュは解釈可能であり、また受容者のいる時代、そして経験によって大きくイマージュは変容してしまう。そのことが、短歌が普遍性を確立できている理由の一つであることは承知している。しかし今ここで言いたいことは、短歌では作者・受容者間でイマージュのある程度の共有は可能でも限定は不可能ということだ。 一方写真は理論上全ての情報を、全イマージュを一つの位相に表すことができる。そして写真は必ずイマージュを限定し、どの時代でも、どのような経験をしようと、受容者と作品で出発点の共有が可能だ。 しかしながら言い方を変えるならば、写真は強制的にイマージュの限定を行うため、短歌のようにイマージュやポエジーをある意味受容者の経験に頼ることはできない。イマージュの限定はできても、受容者にとって誰しもが経験したことのように思わせることは難しい。すなわち写真を脱プライベート化しつつ、そのうえでプライベート的にしなければ写真芸術として成り立たないという逆説的な問題があるのだが、Tillmansの写真はまさしくそれを実現した写真だった。身近な日常を撮りつつもプライベートの匂いを残さないことで、限定されていたイマージュは全受容者の個人的経験に頼ることができ、あとはどのような物語性があるのか、どのようなポエジーがあるのかは読者の楽しみとなる。 私は普段家の中や身の回りを撮ることが多いが、そのときはプライベート写真とならないようにすること、また常にカメラを携帯し、些細な気づきを見逃さないことに気を付けている。そのようにして撮った写真をまず紹介させて頂きたい。 2. 脱イマージュ共有化 脱プライベート化による受容者の経験に頼ったポエジーの発露、それはイマージュの共有化を目指したところから始まったと考えている。 しかしながら数多くの写真家の写真を見ていると、イマージュの共有化を目指しているとはいえない写真も多い。しかしながらそれらの写真には訴えるもの、それはときには感情であり、ときには物語性であるのだが、それらがあまりに力強いため受容者はまるで同じ体験をしたかのような感覚を得る。「イマージュが受容者にとって共有化されていなくても、感情あるいは物語性を即座に受容者へ同期する力」、それが写真の力強さと仮定するならば、力強さだけで写真芸術として成り立つのではないだろうか。 まず感情の同期について そして次に物語性の同期について 3. 脱記号 例えば階段の写真を撮ったとき、それは階段だとほとんどの人が認識すると思うが、いったんその認識を外れ、物体がもつ意味を解体することができるだろうか。そしてそのうえで新しい意味を見出すことはできるだろうか。 ある日偶然撮れた写真がそのような考えのきっかけとなり、全ては記号化されているなら新しく意味づけすることの面白さがあるのではないか、そしてそこにポエジーを絡ませることができるなら、私は写真で短歌的ポエジーを提示できるのではないだろうか? 1,2,3の挑戦がうまく働けば、私は写真で短歌できるのではないだろうか? 4. 最後に 今まで数年間写真を撮り続け、自分の挑戦してきたことをまとめさせて頂いた。今まで自分が「写真で何をしたかったのか」そして「写真で何がしたいのか」 そのことに自覚的になることが撮るうえでとても重要なことだと思っている。 短歌と写真は違うものだと思っていたが意外にも共通点は多く、それは私にとってかなり魅力的だった。なかでも最も重要と思われるものは、受容者にポエジーを想起させる力である。 写真で短歌できるのでは? と暴論を書いてしまったが、写真はイマージュを限定できるし、そのうえで短歌的な表現ができるなら私にとってこれほど嬉しいことはない。 この取り組みが今後どのようになるかは分からないが、新たな境位にたどり着けるのではないかとひそかに願っている。 ※写真は全て村本にて撮影 FacebookTwitterTumblr

隠遁文芸時評/川本直

隠遁文芸時評宣言  文芸ジャーナリズムの最たるものと言える文芸時評は、私の普段の仕事とは掛け離れた領域に属する。二〇一四年にライターを辞め、評論家に転身してからというもの、取材のための外出をすることもなくなり、私は東京郊外の住み処に引きこもって隠者同然に暮らしている。日々の生活は規則正しい。毎日、午前八時までには起床する。栄養補給のためにプロテインシェイクを飲み下し、カフェオレを口にしながら午前八時半から執筆を始める。早ければ正午、遅くとも午後三時には書き仕事を切り上げ、最初の食事を摂る。たいていは蕎麦か、オムレツと野菜を主とした簡単なものだ。それからネットを観ながらメールの返信などの雑務を片付け、近所のスーパーに買い物に行き、夕食の準備をする。決まって午後六時に始める夕食は一日のなかで最も楽しみで、料理に凝ることが多い。先日は舞茸、エリンギ、ブナシメジ、エノキ、椎茸を贅沢に使った茸のホイル焼きと鶏の味噌焼きを作った。かつてはアルコール中毒同然だったが、今では飲みにいくこともほとんどない。それから明日の執筆のために資料を読み始め、映画や音楽を適当に鑑賞して、日付が変わる前には寝てしまう。最寄り駅より先の遠出は一週間に一度あればいいくらいだ。近所の人間は、私のことを引きこもりのニートだと思っているかもしれないが、知ったことではない。  私は同時代の日本文学にあまり関心がない。献本には目を通す。新刊も買うことは買うが、たいていは海外小説か学術書だ。同時代の作家についての書評は余程のことがない限り必要を感じないので、ほとんど読まない。読むのは学者が自らの専門分野の学術書を評しているものくらいだ。 例外として 、新進気鋭の評者が多い「週刊読書人」や、優れた書評家たちの記事を集めたアーカイヴサイト「ALL REVIEWS」は重宝している。  しかし、卑しくも読書家を自ら任じている人間なら、著者名、タイトル、目次、その他出版社が出している情報を見れば読むべきかどうかわかる。それらの情報によっていまいち内容が掴めなくとも、ネットで少し調べれば著者のこれまでの業績や主題、作風についての詳細もわかるから――海外のものならばその言語圏のデータや評判を調べてくればいい――書評家の助けを必要とすることはまずない。そして、読書をするうえで最も良いのは書評など一切気にせず、まずは現物にあたることだ。  私にとって文芸時評は書評より更に縁遠い。時折失望の苦笑いとともに走り読みする程度だ。私が評価する数少ない同時代の小説家や批評家はおざなりに扱われている。  文芸時評を手がける評論家は、あっちに気を使い、こっちに気を使い、何でも誉めてしまうために判断基準がどこに置かれているかわからないことが多い。そういった評論家たちは現代文学の「傾向と対策」を追うのに必死だが、受験勉強でもあるまいし、優等生ぶるのはみっともないし、何の面白みもない。彼らには自分がない。  稀に取り上げる作品すべてに辛口の文芸時評もあるが、それをやるのは「批評の批評」しか出来ない連中で、作品をロクに読めもしないのに、他人を貶めれば自分が目立てるだろうと、卑しい出世主義者の精神で下らないパフォーマンスをやらかすから嫌気がさす。彼らには作品への敬意がなく、自分が崇めるドグマを振りかざし、ジャーゴンまみれの読むに耐えない文章を書く。  私はそれより他のことで忙しい。私の仕事を少しでも目にした方はご存知だろうが、私の評論の対象はゴア・ヴィダルをはじめとした忘れられた英米作家の発掘であり、日本文学でも正典(カノン)とは見做されなかった批評家・吉田健一の再評価だった。今は古今東西の日記を論じる連載『日記百景』(フィルムアート社ウェブマガジン「かみのたね」にて掲載)を執筆中で、他にも去年丸一年かけて書いた二十七万字にも及ぶ原稿を編集者と弄くり回しており、大正時代に僅かな期間だけ活動した異端の小説家・山﨑俊夫の研究に手を伸ばしている。資料の購入だけで収入を圧迫するどころか、赤字だ。  昨年、二〇一八年には文芸評論家を名乗る人間がふたりも馬鹿をやらかしたため、「文芸評論家」と名乗るのも恥ずかしかった。TwitterやFacebookのプロフィールから「文芸評論家」という文字列を削除したくらいだ(今は便宜上Twitterのみ戻している)。教員が業界と密接な繋がりがある文筆家であることによって、大学が文芸出版の出先機関になってしまう愚行と私は無縁でいたい。大学であれ、私塾であれ、ネットサロンであれ、そういった組織はお山の大将とその無能な手下を輩出するだけに過ぎない。ただでさえ、 書くこと・読むことを教えるのは難しい。慎重に慎重を期し、真摯な態度で臨む必要がある。 時の政権に阿るのも面倒臭いからしたくない。私は外出すら面倒なのに、時の総理大臣のヨイショ本を量産する書き手の忠誠心と滅私奉公ぶりには感嘆するばかりだ。物書きはただ単に本を読み、原稿を書いているだけでいい。  読者にもずっと失望していた。付き合いで文芸関係のイベントに行けば、コネを作りたがっている作家志望者と批評家志望者が列をなし、質疑応答では自我が肥大した自分語りをする連中ばかりだった。したり顔で批評紛いの感想をSNSに書いているのもそういう類だ。  しかし、共編著『吉田健一ふたたび』の出版記念イベントをこなしていて、私はそれまで見たこともない読者たちに出会った。彼らは出版記念イベントにこれまで来たこともない、と揃って口にしたし、ネット上でもほとんど何も発信しない。ただ自分ひとりで静かに本を楽しむ読書家たちの姿がそこにあった。吉田健一はとても良い読者を持っていたようだ。「現代にこんな読者がいたのか」と驚くと同時に、私はもう一度読者を信じようと思った。  そこへweb文芸誌「crossover」編集長の山﨑修平氏から文芸時評の依頼があったというわけだ。一度は「同時代の文学にほとんど興味がないから」という理由で固辞したが、今年出版された新刊には数多くの傑作があった。リアルタイムで読んだ小説で初めて「この小説に賭けよう」と決意した、嶽本野ばらの長編小説『純潔』(新潮社)が七月二十九日に刊行されたことも大きい。優れたノンフィクションも刊行され、海外文学の翻訳も豊作だった。新進気鋭の研究者も現れた。崩壊寸前の文芸批評でもひとり気を吐く批評家がいる。加えて、「crossover」の編集長、山﨑氏の才能を私は高く評価している。彼の編集方針が悪いものだとも思えない。そう考えて、小心翼々とした優等生や浅ましい出世主義者が精一杯の建前という名のおめかしをして屯している「文芸時評」という虚飾にまみれた舞踏会に、 私は隠居先から珍しくも正装を身に纏い、 初めて這いずり出てきたという次第だ。  断っておくが、この文芸時評では芥川賞の予想などは決して行わない。流行のフレームやキーワードも使わない。ここではそこから零れ落ちたものだけを論じる。この「隠遁文芸時評」を、本を楽しむことを知っている読書家に贈る。 同時代で最も心を動かされた小説――嶽本野ばら『純潔』(新潮社)  二一世紀が始まってまだ二〇年も経っていないが、嶽本野ばらの長編小説『純潔』は二一世紀の日本文学を代表する古典になるだろう。嶽本四年ぶりの長編小説『純潔』は元々「純愛」というタイトルの下、『新潮』二〇一五年二月号に一挙掲載された。政治思想とオタクカルチャーへの言及が交錯する、この異形の小説に圧倒された私は『新潮』を何冊も買い込み、友人たちに配ったのをよく憶えている。ところが、二〇一六年の単行本発売を目前にして不幸な事件が起き、出版は中止となり、嶽本の執筆活動も控え目なものになった。私はなんとか「純愛」を論じようと勝手に原稿を書き、ふたつのWeb媒体とひとつの紙媒体と掛け合った。しかし、そのうちのひとつはスキャンダラスな記事に書き換えろ、と強制してきたため、媒体自体と縁を切った。他のふたつは単行本化されていないから、と曖昧に断って来るか、言葉を濁すだけに留まった。『純潔』が四年の時を経て、ハードカバーにして五〇八ページの大作に加筆され、出版されることとなったのは僥倖としか言いようがない。 『純潔』は文学部に所属する童貞の平凡な大学一年生・柊木殉一郎が、強引に勧誘されたアニメ研究会のオタクたちに翻弄されつつ、過激な政治活動にその身を捧げる三年生の北据光雪に恋することで革命に巻き込まれていく物語だ。光雪と連帯する新右翼と新左翼の活動家は、イスラム武装組織の力を借りて福島第一原発をジャックし、福島県を分離独立させ、天皇の位を分譲させて天皇制共産主義国家を樹立しようともくろむ。 『純潔』は「純愛」として発表された当初、「寓話」として受け止められた。しかし、「純愛」の発表の四ヶ月後、学生の政治活動組織SEALDsが結成され、二〇一六年には解散。今年二〇一九年、天皇は譲位して上皇となった。「純愛」は正に予言的な小説だった。  今、現実が追いついたことで、「純愛」を加筆・改題した『純潔』は寓話ではなく、切迫したリアリティを帯びた小説としてふたたびその姿を現した。「純愛」の畳み掛けるような進行の早いストーリーテリングは、『純潔』では壮大なスケールにふさわしく悠然とした展開に取って代わり、膨大な細部が加筆されたことによって、よりいっそう深みを増した。多くの変更が施されているが、最も重要なのは結末の差異だ。「純愛」の結末は悲劇的だったが、いささかヒロイックでもあり、革命の希望は残されていた。  しかし、『純潔』の結末に救いはない。もし『純潔』に希望が存在するとしたら、思想に生きた登場人物たちの気高さのみに託されている。変更された結末に現れる「大柄な」「兵士達」には明らかにアメリカの影が見える。嶽本野ばらはこの四年間、左派の挫折や、新自由主義化と対米従属が進行する現実を曇りのない目で認識して『純潔』を改稿したことがよくわかる。 『純潔』ではそれぞれ思想の異なる登場人物たちが議論を重ねていくなかでストーリーが進行していく。シャルル・フーリエ、ショーペンハウアー、マルクス、ルソー、J・S・ミル、河上肇の『貧乏物語』、足尾鉱毒事件で明治天皇に直訴した田中正造に至るまで、政治思想に関する膨大な言及がある。  こうした思想とオタクカルチャーへの言及が交錯する議論で遡上にあがるのは、インターネット、プラグマティズム、反原発、デフレーション、ベーシック・インカム、グローバリズム、二次元への表現規制問題、共産主義による資本主義の補完、そして天皇制だ。…

現代短歌のキーワード「歌評」/安田直彦

本稿は、短歌評論を書くひとのために「歌評」についての重要文献を提示することを目的とします。 しかし、数多ある文献のなかの、いったいどれが「重要文献」なのでしょうか。 このような問いにはただちにいくつかの反論が想定できます。古くは藤原定家『定家十体』から、近年では穂村弘『短歌の友人』まで、古典と呼びうる歌論はいくつもあるではないか。さらに最近まで考慮しても、総合誌などで話題になったトピックはあるのだからそれを紹介すればいい。そもそもなにが重要かを調査するのが執筆者のおまえの役目だろう……。 そうなのです。 その「なにが重要か」の判断こそが、現在最も困難であり、それゆえ歌評について考える際に避けて通れない最重要ポイントである。ゆえに紹介する文献も、資料そのものの重要性の判断にまつわるものとする。 これが私の本稿における結論です。 詳しく述べます。 現在の歌壇においてアーカイブとアクセシビリティが無視できない問題であることは直近に発表された『短歌』誌上の睦月都の時評においても指摘されています。 現状の短歌や評論、コミュニティへのアクセシビリティの低さは、新規参入を阻害し、既存読者・評者へのハードルも上げている。「読む」が難しいために「書く」ができず、結果として書き手の層がどんどん薄くなっているのが現状だ。 睦月都(『短歌』2019年7月号 角川文化振興財団 kindle版p.190) 私は上記に全面的に賛成します。ただし、睦月の文章について私はひとつ論点を付け加えたいと思います。この時評ではアーカイブ(保存記録)とアクセシビリティ(情報へのアクセスしやすさ)が問題視されていますが、論文を集めたことがある方ならばもうひとつ気になることがあるかと思います。インパクトファクター(被引用数)です。 要は情報の質です。 アーカイブとアクセシビリティは情報の量に関わる問題です。言いかえれば、現に保存されている情報の量と手にできる情報の量です。しかし、それと同等に重要なことがあります。手にした情報が質的に信頼できるか、ということです。 はじめに提示した反論に答えるならばこうです。古典と呼ばれるものから、現在進行形で書かれているものまで、歌論は量的には十分にあるでしょう。しかし、それらの質的な信頼性を判断できるかと言えばまったく別です。たとえば子規の「歌よみに与ふる書」にせよ、茂吉の「短歌における写生の説」にせよ、現在の視点から説得的な歌論かと言えばそうではありません。評価の定まっていない現在の歌論においては況やです。今必要なのは歌論を質的に判断する能力なのです。 前置きが非常に長くなりました。本稿では上記の考えに基づき、歌論の質を判断する能力に資する文献を「歌評」のキーワードにおける重要文献とし、紹介します。 先に述べますが、いわゆる歌書は一冊も挙げていません。 ①伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』 本書の第4章「『価値観の壁』をどう乗り越えるか──価値主張のクリティカルシンキング」は短歌問わず芸術について価値判断を行う際に私がまずおすすめしたい文章です。 価値主張のクリティカルシンキングに必要だとして著者が挙げる4つの視点、  (1)基本的な言葉の意味を明確にする。  (2)事実関係を確認する。  (3)同じ理由をいろいろな場面にあてはめる。  (4)出発点として利用できる一致点を見つける。 これらを守るだけで歌会での議論の充実度は格段に上がるのではないかと思います。 歌会で定義のあいまいな批評用語が飛び交っていて、なんの話かわからなくなったことがある方はぜひご一読ください。 ②佐々木健一『美学辞典』 「価値」「美的判断」「解釈」「批評」など歌評を行う上で必須の概念を含め、美学全般について知識を得ることができる良著です。各項目につき定義とその概念についての美学史的な概要、そして著者の考える論点が示されており、ふだん辞典に親しまない方にも読みやすいのではないかと思います。「批評」の項目の以下の記述は、あたらしい歌と出逢ったとき、頭に浮かべるようにしています。 前衛が引き起こす第一の問題は、「これが芸術か」ということである。この疑念に対する第一の考え方は、古い基準を応用解釈によって新しい現象に適用し、「これも他と同じ芸術である」と主張することである。しかし、この応急策は早晩通用しなくなる。そのときには、芸術の概念そのものを問わざるをえなくなる。…

詩は弦楽の/(作)コンスタンチン・ヴァーギノフ、(訳)小澤裕之

詩は弦楽の夜の獄舎に あかあか燃える、思いがけない、聾の、賜物である。賢しらな自然はすべて 私から奪った銀器の如く けたたましい才能を 取りあげた。 そうして私は 塔から荒野に降下して花盛りの階段を偲びきわめて困難なバイオリンを背負い 辛うじて階段をよじ登った波濤と世界を意の儘に するために。 こうして私は若き日に 狂気を求め己が意識を光の射さぬ暗闇へ 追いやった美しい詩の花が それを故郷の土のごと 養分と するように。 1924年9月20日~10月10日 作・コンスタンチン・ヴァーギノフ1899年生まれ。詩人・小説家。1920年代に、ペトログラード(レニングラード)中の文学グループを渡り歩いた。ハルムスやヴヴェジェンスキーが所属した「オベリウ」もその一つ。詩のほか、『山羊の歌』など4作の長篇小説がある。1934年没。 FacebookTwitterTumblr

わからないけど、わかる、または「この私」の現代詩/根本正午

——インターネットで、ひとびとが傷つけあっている。はてしなく続く議論は、どこへもたどり着かず、消えることのない怒りがあちこちにたまり、、、をつくっている。その議題はさまざまだ。貧困、政治、いまだ不均衡な性差……だがそのいずれも「この私」とは何の関係もない。そう、思えてならなかった。 ◇ ◇ ◇ 2019年4月某日、iMacのディスプレイの青い光が、私の机に広がっている。詩書や資料を積みあげた机の前で、私は椅子の背もたれで体を回しながら、ツイッターのストリームを眺めている。まったく知らないひとびと、今後も会うこともないであろうひとびとが、理由と目的のわからない口げんかを延々と繰り広げる様子を横目に、立ち上がり窓を開ける。統一地方選にむけてだろうか、共産党の街宣車がスピーカーを大音量で響かせながら、どこかからやってきて、どこかへと去ってゆく。 新しくつくられるという詩のウェブサイト『crossover』の編集長・山﨑修平氏より依頼を受けて、現代詩についての論考を寄せてくれないかと頼まれたのが一月ほど前のことだ。それ以来、さまざまな資料を買いあさって考えてきたものの、じつのところほとんど一行も書けないまま、時間だけが過ぎていった。いまもこうして机の前の狭苦しい空間をうろうろと齧歯類のように歩き回り、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませている。壁のあちこちに貼り付けてあるメモ書きも参考にはならない。締め切りは延ばしてもらったものの、これは再び延長を依頼したほうがいいのではないか……そんなことを思いながら、最近某所で知り合った若手詩人の、暗い表情のことを思いだしている。 ——正午さんは、なんで現代詩を書くんですか。だれも読まないものを、この世から意味があると思われていないものを、どうして書くんですか? 対価もないのに。ぼくらみたいな若手なんて、制度に上手いこと利用されて、やりがい搾取されるだけじゃないですか。正午さんは、それがわかってるし、わかってる立場じゃないですか? 執筆中は照明をつけないことにしている部屋は暗い。私はかれにどう答えたのだろうか。開いた窓の前に立ち、夜のふけた地方都市の町並みを眺める。4月も半ばをすぎて、桜はすでに散り、梢の緑の葉が風に揺れているのが見える。街の若者たちはどこかへ姿を消し、ほぼ後期高齢者たちが住むようになった旧公団住宅の建物は、夜がまだはじまったばかりだというのに、私の部屋以外ほとんどが消灯され、まるでゴーストタウンの様相を帯びている。 ふたたび、新たな街宣車がやってくる音が響いてくる。今度のそれは自民党の車のようだ。車がどこを走っているかはわからないが、内容を聞き取ることができない。窓枠に手を当て、暗闇のどこかの方角を眺めながら思う。いずれの街宣車も、自らにとって真剣な課題をそれぞれが訴えているはずだ。だが、聴く側にそもそも関心がなければ、そしてその内容が意味をもったかたちで届かなければ、それはすべて、ただただ小うるさいだけの騒音ノイズに過ぎないのだ。 ◇ ◇ ◇ 詩は、とくに現代詩は、世の中に関心を持ってもらえることのない少ないジャンルだ。なぜ2019年の(あるいは、ここ数十年の)世の中は現代詩に無関心なのか、という問いには、おそらく比較的簡単な答がある。それは「この私」と、何の関係もないことばかりが書かれている、そう読者に思われているからだ。 より具体的にいえば、2019年に生きている私たちにとって身近な話題、たとえば生活の中でのよろこび、いかり、かなしみ、つらさ、私たちをとりまく日本社会のどうにもならない閉塞感、硬直的な職住環境、村落的または学園的なるいびつな共同体、世代格差、貧富の差、安倍晋三やトランプといった政治家たちの嘘に虚言に美辞麗句おためごかし、性にまつわる差別、マイノリティとマジョリティの静かで苛烈な対立、労働し、組織の中で生きるということまたは闘うこと、下半身にまつわるグロテスクな実存や衝動、といった事柄などのことだ。全世界でインフラと化したソーシャルネットワーク上であたり前のように毎日熱心に話し合われていることが、現代詩にはいっさい出てこない——そう読者に思われているからだ。 インターネットの読者向けには、こう表現してもいいかもしれない。現代詩とは「いいね」や「わかる」を拒否しているジャンルなのだと。 ◇ ◇ ◇ 机の前に座って考えているうちに、また数時間が過ぎていた。現代の読者に関心を持ってもらうことができない、現代詩という器について考える。窓の外からは、聴いたことのない鳥の奇妙な鳴き声が聞こえる。それは原稿が書けない私を馬鹿にしているかのような間延びした声であり、どこか腹立たしい。 仕事部屋から少し離れた寝室では、2歳になった娘はもう家人に寝かしつけられ、熟睡しているはずだった。地方都市の夜は、とても静かだ。道路は真っ暗で、深夜に近くなると道路にはほとんど誰もおらず、都心のようにいつも誰かが通りすぎたり、酔っぱらって騒いだり、大声で歌ったりといったことはまずない。私は音を立てないように窓を閉めて、ディスプレイに映ったままの、真っ白な矩形の入力ページを眺める。 本稿の執筆者である私、根本正午は《千日詩路》という、現代詩専門の書評サイトを運営している。日本語圏では片手で数えるほどしかない現代詩の書評サイトのひとつだ。また、私は詩を書き、詩書の著作があり、特定の現代詩の組織などに所属し、詩のグループに所属し、内外の詩人たちと交友がある、のだが……。 率直にいって、「現代詩とは何か」という問い(おそらく『Crossover』の読者がもっとも知りたいであろう疑問)に答えることはできない。できないというよりも、それは問いの立て方が間違っており、詩との差異を考えたときにのみ、現代詩が照らし出され浮かびあがる構造になっているからだ。ふたつの差異に注目することによってお互いが成立しあう、と書いたら良いだろうか。「いいね」や「わかる」がある詩と、そうしたものを拒否している(かのように見える)現代詩と、ざっくりとした区分を想定してみてほしい。これは小説の世界で、大衆小説と文芸小説の違いについて考えるのと同じことだ(厳密な区分ができないことも同じだ)。 だがもちろん、間違った問いもあれば、物事の実像により近づくことのできる問いもある。私自身、上に書いた現代詩の書評サイトを昨年立ち上げたのは、現代詩に携わる人間として、現代詩とは何かという問いへの代替的オルタネイトな答を、自分の手で見つけたかったからだった。「この私」にとって、現代詩を書く意義とは何か、なぜ書くのか、なぜ書き続けるのか。そのためには、同時代に生きる詩人たちの作品を「読む」そして「再び読む」ということが必要だと考えたからだった。 話を少しずらして考えてみる。小説には、大きく分けて読み物としての大衆小説と、それと対置される文芸小説があるが、後者を読む読者は、主に何を求めて読書をするのだろうか? それは物語に織り込まれた、自分とはまったく無関係な、第三者の人生の相克を通じて、そこに自分自身の諸問題が照らし出されるのを感じるためだろう。その時読者は、虚構を通じてしか得ることのできない、自分固有の問題への理解への契機を得ることができる。そうした小説にめぐりあうことによって、「救われた」と思う読者は多いのではないか。 詩と現代詩を、上の関係になぞらえてみる。大まかなところで、そのふたつの区分があてはまる。そして私はその区分を、大まかなもの、あるいは曖昧なものに留めておくべきだと思う。「丁寧」で「細かい」定義づけや区分をしようとすればするほど、私たちはある陥穽にとらわれる。それは「文学とは何か」と問うことの不毛さによく似ている。だから勇気をもって、曖昧さの内側に留まろうということを思う。ラベルに何が書かれているかは問題ではなく、固有名詞をもった詩人の作品と向き合うべきなのだから。 一方、現代詩では「救い」や「この私」への経路は切断されている。共感は拒否され、理解はもまた退けられている。そういうジャンルであると考えているであろう数多くの読者の理解に違和感はない。それでは、そうした現代詩の作品を読む読者は、そこに何を求めているのか?——わからないことを、わかるため、と書いてみたい気がする。 ◇ ◇ ◇ ——つらいから書きます。世の中はそれをポエムと馬鹿にします。現代詩はえらいかどうかは知りません。わたしはここに、どうしようもない骨に、肉と、こころと、ことばをまとって生きています。生きさせられています。そのことを書きたい。書いたら、いけないんですか? ふたたび机の前で、依頼された原稿について考える。「2010年代の現代詩について」または現代詩そのものについて書いてほしいというのがそもそもの依頼だった。私は2010年代に発行された現代詩の詩集をできるだけ数多く集め、この一月ほどの間に読み込んできたが、おそらくそれらの詩集についてかたることは、インターネットの一般読者に向けて詩と現代詩の魅力について広く紹介してゆこう、そうした場をつくろうという野心的な試みをもって立ち上げられる『Crossover』の読者にふさわしくはないだろう、と思う。必然的に、後者の題材について選ばざるをえない。 個人的な思い、ということを考える。詩人としてではなく、作家としてでもなく、書評家としてでもなく、どこか安全な場所から現代詩についてかたるのでもなく、卑小で、ちっぽけな、労働者として、生活者としてかたらねばならない、ということを考える。 いまここに座って、この原稿を書いている私は、これを読んでいる読者のみなさんとまったく同じ、ただの卑小なる個であり、日本語を使ってものを考えている。つまり日本語を解する日本人と外国人と同一の所与の条件のもと、私は生き、考え、そして書いている。そこに違いはないはずだ。 個としてかたる。それは本音でかたるということ。ほんらいいうべきことを隠して、嘘八百をかたるみぶりに、私たちはみな心底うんざりしているではないか? マスメディアも、インターネットも、右をみても左をみても、個人的利益のためであることを隠して、おもしろくないものをおもしろいといってみたり、つまらないものを過剰にほめたたえたりする。そういうみぶりを取るさもしさに、私たちはみなうんざりしているのではないか? だがもちろん、ほんとうのことをかたっているかのような露悪的なみぶりも退けなければならない。2019年に生きる私たちはみな、ネットワークに氾濫するテクストによって、感情をいやおうなしに操作されてしまう場に閉じこめられているのだから。 ◇ ◇ ◇…